2011年09月20日

過去からの問いに回答してみる

■10年は経ってないんだけども、過去からの問い(http://theninetail.seesaa.net/article/3733040.html)について。

 人間の機能の中でもっとも便利な機能のうち一つが『慣れる』ことだと思う。よーするに最初は違和感があってもその状況であり続けるうちに気にならなくなる、問題自体が解消されていなくても、問題自体を問題と感じなくなる機能。上記の問い(「歳を取るにしたがって社会的責任を引き受けることを要求され、また一人の社会人としての能力を高めていくことも要求されるという状況にありながら、退行的な自己イメージに憧れを抱き続けている状況をどう切り抜けたらいいのだろうか。」)については、乱暴に要約すれば『5年も経ったらそんな繊細な問題は問題とも思いませんわ』で、もう少し詳細に述べれば、『5年以上同一の文脈で語ることができる状態(組織)に属している中で、自分自身が自分を規定する以上に、周囲が自分を規定することが多くなることによって、「自分自身が規定したい自分」と「周囲が規定する自分」のずれについて(特に容姿などの外面的な部分については)葛藤を感じる状況自体が稀になってきている』ということか。成長することを期待されている自分と、成長することを期待されることに応える自分と、成長したくない自分を都合よく分離できている(分離することに慣れた)という。

 次に代償行為の存在。まず第一の代償行為は(こう書くと色々と憶測や批判を呼びそうだが)チビ助一号と二号の存在。『幼くあること』を地でいってる二匹を相手にしていると、自分がそうでありたいという欲求は大分紛らわされるよーな気がする。また、元々の退行願望自体が、「無条件で愛されること」を目指しているので、自分がチビを無条件で愛すること、またチビが自分を無条件で愛することを通して、この部分は解消されている。子供ができると変わるってのは確かにそのとおりだと思う次第。
 代償行為その2は今のところゴルフだろうなぁ、と。仕事と(ある程度)分離した部分で、自分自身が自分に対してどのような理想を欲求し、それに応えることができるか、という構造でみれば、まさにかつての葛藤を代償的に消化していることになる。努力によって報われる方向で解決したということだな。

 んで、何で唐突にこんな記事を書こうと思ったか、という部分については黙秘しておくのがいい気がして書くのを止めた、としておく。
posted by mizu at 00:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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